プロローグ①

30歳になる頃、私は突如として勤めていた会社を解雇された。わずか2カ月目のことだった。ある日、出社したら社長室に呼び出され、「この書類にサインしてくれ。1カ月分の給与を用意しておいたから」と言われたのが最後の記憶だ。そのあとの出来事は、時が経ちすぎたために、思い出すことができない。ただ、年齢80歳近くになる社長が残した言葉だけは、今も鮮明に記憶に残っている。

“君はもっと力のある人間だ!”

私は、まるでテレビドラマのワンシーンのようにその会社を後にした。唯一持っていた国家資格は社会保険労務士だった。転職活動をする気にはなれず、自分の力で何かを始めてみようと決意した。

独立後は様々な良縁に恵まれ中小企業の顧問として活動してきた。労務アドバイスや給与計算など幅広いサポートを提供してきた。なかでも中小企業が新卒者を採用する際に、私が手助けをするというサービスが評判となった。独立しても喰っていけない社労士業界にあって十分すぎる結果を得ることができた。

しかし、私の心にずっと残るモヤモヤがあった。

その正体はいったい何なのだろうか。

ある日の酒席で、私が「1年間ずっと勉強しても偏差値37だったよ」とか、「元々フリーターだったから…」といった話をしていると、同席していたコンサルタントの一人が言った。「斉藤さんの話、面白いから本にしてみない?『ビリギャル』のようなものがあるし。」

1年間ずっと勉強しても偏差値37。

私の経歴をざっと振り返ってみよう。

幼少期、吃音に悩む少年だった。その為なのかあまり社交的ではなかった。高校を卒業してからは夢もなくフリーターとなった。しかし、21歳で大学に進学する機会が訪れ中学2年生の勉強から始め、23歳で中央大学法学部政治学科に合格した。社会人になってからは、たった5カ月で国家資格である社会保険労務士の試験に合格した。今では、社会保険労務士事務所を経営している。

そして2018年、社労士とは全く異なる分野であるクラシックコンサートを主催し、300人のホールを満員にした。その際、私は主催者として300人の前でスピーチをした。自分の過去の姿とは、まったく違うものだ。

吃音に悩み、自信がなく、勉強もできない、教科書も読めない少年だった私が、その後、大学に進学し、国家資格を取得し、多くの方々からの援助を受け、今の立場に至るまでを考えると、やはり20歳を過ぎてからでも勉強してよかったと思う。

だから、このブログを通して、社会に出て勉強が苦手で困っている人や、子供の学業成績が悪くて悩んでいるご両親、はたまた吃音で自分を表現できずにいる人たちに、私が実際に行ってきた勉強法や吃音克服法を伝えることは何らかの役に立つのではないかと思うようになった。

私のモヤモヤは、勉強法を教えることで解決されるのか、それとももっと深いところに根ざしているのか。それを考える日々が続いた。

つづく・・・。

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